高貴なる義務を果たすこと

5月 31st 2013 -

毎日、テレビを見ていると面白いですが、それだけでは頭の働きは良くなっても社会との接点としての働きを行う頭脳の活性化はできません。つまり、国会中継とかニュース番組とかで世の中の様子がよくわかって知識は増えるのだけれども、そのことに対して自分でブログを投稿するのでなければ、その得た知識を他人と共有できないわけです。従軍慰安婦の問題で某市長がああ言ったこう言ったということはテレビを見ていれば大体理解できますが、でも、そのことについて、ブログなどのメディアを使って、少しは意思表示しないことには、その火中(渦中)にあるご当人とマスコミだけの鬩ぎあいになるだけであって、肝心の国民はどこかへ追いやられていくのです。そういう意味で筆を執ります。
 この問題は、常に既に国際問題にまで発展していますから、某市長が今更何を言おうがみんなの党の渡辺代表が言われたとおり、百万遍釈明しようが、既に発せられた言葉は一人歩きをしていますから、もう取り返しがつかないでしょう。一般人でもそうなのですが、社会的な地位の高い人は、特にそういう意味で、使い古された言葉ですが、「高貴なる義務」を果たさねばならないのです。こういった責任感が某市長は、一般の市井のおじさんでは決して無いにも拘らず、何故か比較的希薄というか、あるいは意識的に果たさないようなポーズを敢えてとっているのかどうか、それは分かりませんが、要するに欠落しているように強く感じられるのです。
 今回の混乱は、主としてここに大きな原因と結果があると考えられますから、たとえば、その結果、大阪の観光事業の拡充政策に負の影響を及ぼして、せっかく円安で外国人観光客が増加しているのに、それに水をさすようなことにならないか?そういったことが、私は非常に心配なのです。要するに、大阪市が国際的な商業都市として、併せて人権・平和・伝統文化を大切にする重要な日本の中心都市なんだというアピールが世界に向けてできなくなる瀬戸際に追い込まれているわけで、名誉挽回をマイナス地点から始めなければならないことに、私は情けなさというか失望感や脱力感を感じるのです。それは、大阪市が私の生まれ育った町だからに他なりません。その誇りを汚すような今回の一連の不規則発言には、もううんざりします

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